食えない現実召し上がれ

味気ない日々にお砂糖とスパイスと素敵な何かを

センチメンタル・アマレット・ポジティブ

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うさぎちゃん、という私と同い年の女の子がいた。ほっそりしていてロリータ服の良く似合う、本当にかわいい、私の憧れみたいな女の子だった。
そして、彼女は典型的なメンヘラ女だった。何度もODとリストカットと自殺未遂と精神科病棟への入院を繰り返し、2017年6月17日に自殺を完遂した。
直接会ったことはないけれど、LINEも交換して電話もしたことがあるし、週に1度はやりとりするそこそこの仲良しだった。
今回は彼女のことを、書き留めておきたい。
ネット墓標のようなものとして。何もできない私からの、せめてもの弔いとして。

知り合ったのはTwitter。たしかメンヘラ一方通行botの管理人が彼女だったのがきっかけ。たぶん高校3年くらい?
しばらくはTwitterの相互フォローってだけで、特に絡みがあるわけじゃなかった。
私が一方的にブログ読むとかはしてたけれど。

それから少しして、おそ松さんにお互いハマって、推しも一松で一緒だとわかったあたりでよく話すようになった。

うさぎちゃんのお母さんが私と同郷で実家もあるとのことだったから、いつか会えたらいいねなんてことも言っていた。……結局叶わなかったけれど。

うさぎちゃんはとにかくかわいいものが好きで、お洋服やアクセサリーなんかはかなりの数を持っているみたいだった。中には高価なブランドもあったし、そもそもロリータ服というものは総じて高い。……そのお金は援助交際や箱ヘルをして稼いでいた様子。家からの支援も多少はあったようだけれど、やはり申し訳ないという気持ちが強くて使いづらいみたいだった。
私の母がハンドメイドでアクセサリーを作っているというツイートを見たらしく、ガラスの靴のイヤリングを母から買ってくれた。そこからうさぎちゃんは私の母とも多少つながりはあってLINEは知っていた。だから、私が自殺を決行したときうさぎちゃんが母に連絡をしてそこから事情を知ったと聞いた。

うさぎちゃんは私以上に気分の浮き沈みが激しい女の子だった。双極性障害摂食障害境界性人格障害だと本人は確か言っていたと思う。左腕のみならず右腕や脚(太もも付け根あたり)まで結構な傷を作っていたり、ブロン等の薬をODしたり、スニッフしたりしていた。
薬を飲みすぎたり、リスカやアムカをやりすぎたりして病院に運ばれ入院することになったというツイートも複数回見かけた。
どこだかの大学の文学部へ進学はしたけれど、結局通えなくなり休学からの退学だったと思う。
将来は家業(おそらく神社仏閣?)を手伝うみたいなことを言っていた。
「もう死ぬ」みたいなことは何度となく言っていたから、また自殺したとしても未遂に終わってきっと帰ってくると思っていた。
何かしらリプライを送ってあげればよかった、と思うけれど今でもなんと声を掛ければよかったのかはわからない。

うさぎちゃんはバイセクシャルだったようで、男女の恋人がそれぞれ1人いた。
女性の恋人のほうとは当時うさぎちゃんを通じて相互フォローになって、今もそのままつながっている。ほとんど話したことないけれど。
男性の恋人のほうはアカウントだけはうさぎちゃんが晒していたから知っている程度で、特に接点はないままだった。まぁ、友達の彼氏のTwitterをフォローするのも変だと思うし。
……どうもその恋愛関係がこじれたのが、自殺の一因だったんじゃないかと私は思う。
メンヘラ女というのは私も含め依存心が強くて、いざ別れるとか少し距離を置きたいとなると自分のすべてを否定され見捨てられたような気分になってしまう。
そういう鬱の極限みたいな状態から少し回復して行動力が出ると、さぁ死のうとなるんだろうなと思う。突発的自殺のほうが計画的自殺より勢いがあるから、余計に完遂率が上がりそうな気がする。

深夜に歩道橋から飛び降りて、それまではまだ生きていたらしい。偶然通ったトラックに轢かれて、亡くなったとうさぎちゃんの恋人(女性)から聞いた。
私が知ったのはなくなってから数日後。大学の授業をサボってTLを流し読みしていた時で、ただ茫然とするだけだった。少しトイレで泣いたような気もする。

でも、私は非常に性格が悪いのでひとしきり悲しんだ後、『ずるい』という感情をおぼえた。
……私の自殺は邪魔しておいて、自分はさっさと死んじゃうなんて。ずるい。私も死にたかった。

結局私は生き残ってしまい、うさぎちゃんは亡くなった。だからこうして、命日でもなんでもない日だけれど思い出す。

思い出して、せめて私の中だけでも死なせないように。

イーストボーンの悲劇に終止符を

私の通っていた小学校は4年生でクラス替えがあり、それと同時に担任の先生も変わる制度だった。

3年生までの担任がとても良いベテランの先生だったので、そのギャップもあったのかもしれないが4年からの担任は本当にクソだった。

先生とも呼びたくないので、以下Xと呼ぶ。

Xはガタイのいいおっさんで、オペラを趣味にしているだかなんだかと言って教室に入るや否や歌を歌いだしたのを覚えている。
そして自分が楽しむだけでなくクラスの子どもたちにも合唱を強要してきた。

国語や算数などの授業をまともにやった覚えが正直ない。 小学校の時間割なんてあってないようなものだから、 Xが勝手に合唱にしてしまった時間もあったと思う。

もちろん合唱のために編成されたクラスではないので、 歌や音楽の苦手な子もいれば声の小さい子もいる。

そういう子たちに、Xは体罰と暴言を惜しみなく振るった。

とある男の子のことを怒鳴り散らして胸ぐらを掴み廊下へ引きずり出したのを、私は今でも鮮明に覚えている。 「ごめんなさい、ごめんなさい」と言いながら泣く男の子を、ただ私は茫然と見ているしかできなかった。
周りの他クラスにも聞こえていたはずなのに、誰も助けには来なかった。

ほかにも朝顔とかの支柱に使うような細い竹の棒を使って床を叩いて威嚇したり、 実際に子どもを叩いたりもしょっちゅうだった。

合唱練習中に突然音程がおかしいと一人の子を晒しものにしては、前述の竹の棒や 1メートル物差しで叩いていた。

多分実際に音程がおかしいかどうかなんて関係なくて、単に自分が気に食わない子を選んでいただけだと思う。

子どもはそんな恐怖政治に怯えて必死で歌い続けた。真冬でもみんな汗だくだし、無理に大声を出しすぎて貧血を起こす子もしばしば出るほどだった。
X に従ってこびへつらう取り巻きの女の子たちと、徹底的に反抗する男の子たちでクラスは分離した。
ちなみに当時の私は表面上へらへらしておいて裏では心底憎んでいるというとてもイヤな子どもだった。

一応この事は母にも常々伝えていて、それはXが絶対におかしいと何度も言われた。
母はピアノ教室の先生をやっていたので、一般人より音楽への思いが強かった。 だから余計に音楽を 「音が苦」 にしてしまうようなやり方に怒りを覚えていたようだった。
ちょうど家庭訪問がすぐあったので、その時に話をすればいいと母は言ってくれた。

だが、その家庭訪問が地獄だった。 合唱の話を切り出すや否や「なに? 歌嫌いなの?」と私に圧をかけてくる X。私は思わず押し黙った。 あんなに長い 1 秒は今までもこれからもないと思う。 というか小学4年生にそんな威圧感を与える時点で小学校教諭以前に人としてどうかしている。 母にも自分はオペラのコンクールにも出て実績があるんだから云々などと言ってきたらし い。

母はこの家庭訪問で「こいつはダメだ」と感じたらしく、最終的には様々な証拠を集めてマスコミへ体罰問題をリークした。
私も了承の上だった。私自身、Xから叩かれたこともあったし、こんな罵声と泣き声の飛び交う教室に毎日行くのは限界だった。
地元には割と大きく出たし、一応全国ニュースにもなった。2ちゃんには今もスレの過去ログが残っていて、
『最近の子どもは軟弱だ』『こんなんでPTSDならなんでもPTSDになるわな』『この子は体罰受けてないんでしょ? 目撃だけでショック受けてるとかこの先やっていけなさそう』とか、まぁいつも通りの誹謗中傷と嘘八百が書かれていた。

Xは体罰を認めはしたものの、「悪意があったわけではなく、熱が入ってしまい結果と して行き過ぎた指導になってしまった」みたいな言い草だった。 校長も教頭も私と母との面談時は親身になって話を聞いているような感じだったのに、いざとなったら組織を守るために必死になっていた。

数日後に時保護者会が開かれたが、そこでも「Xは悪くない! 愛のムチだ! どんどんやれ! 耐えられないほうがひ弱なんだ!」と言い張って拍手を集めた保護者がいたとかなんとか母から聞いた。

クラスメイトからも私が悪いみたいなことを言われ、親友だと思っていた子にすら無視されるようになった。

こんなわけで幼いながら私はすっかりふさぎ込んでしまい、不登校になった。 母もあんな学校には行かなくていいと言ってくれた。 結局、Xは3カ月の処分が下ったきりでその後は何事もなかったかのように教壇へ戻ったようだった。 なんなら今も教壇に立っているようだし、 地元の合唱団の講師もしているらしい。

一方、 私は母に連れられて人生初の心療内科PTSDと診断された。

まぁでも引っ越しして転校すればXとの問題とはおさらばだし、 ということでこの診断を母はあまり深刻にとらえていなかったようだ。

まぁでも当たり前ながら転校先でも私はうまくいかなかった。
すでに出来上がっている仲良しグループに転校生の私はなじめなかった。
だから、小学校時代の友達は全くいない。 当然連絡先も知らない。
それにまたしても先生に目をつけられた。
当時の私は不登校の割には頭がよかったし、 よく本を読んでいたので周りの子たちに比べて色々なことを知っていた。
大人の汚さとか、社会の嫌なところとか、知らなくてもいいことまで知っていた。

だから、授業やテストでまだ習っていない内容に触れたり、休み時間の会話でもやけにませていたりするのが気に食わなかったんだと思う。
それに運動会や音楽会といった行事ごとは心身の不調でほぼ不参加だったから、協調性がないとみなされたんだろう。

まぁ、協調性がないのは本当のことだから仕方ないけれど。 この頃の母は「転校させてあげたんだからいいでしょ」といった具合で私の気持ちに添ってくれなくなった。

とりあえず学校に通っているんだからいいだろうと思ったらしく、精神科にも連れて行ってくれなくなった。

学校を休みたいと言ってもダメだと返されるので、私の逃げ場はなくなった。

そして、私はついにリストカットとODを始めた。 知ったのはインターネットの、いわゆる「自殺系サイト」と呼ばれていたホームページから。
初めてのリストカットはかなり緊張した。
ODはもっと緊張した。

この体罰事件が、私のメンヘラ化の根源だと思っている。

でも、今の時代『体罰は悪だ』という主張が一昔前よりは通りやすくなってきて本当によかったと思う。
法律でも体罰はダメだと明記されるようになったし。
マジで体罰は脳を破壊する。

あなたがしてくれないから

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母が昨年3月に再婚した。
これで3度目の再婚。

さかのぼれば私の父親と結婚する前から、母に言い寄ってきていた人だと聞いた。
なんと年収は1000万弱らしい。母がきっとそこに釣られたであろうことは明白だ。
出会いのきっかけは母がやっていたピアノ教室の生徒だったことだそう。

出会った当時はまだ仕事が安定していなかったので経済的な魅力がなかったのと、母以外にも別の 女性がいるということをほのめかされて冷めたから結婚まで至らなかったらしい。

一方、私の父は熱狂的で母でなければだめだと土下座までしたようで、その心意気に惹かれたそうだ。
加えて、母はずっと祖父母から「婿を取れ、 婦に入ってくれる人でないなら 結婚は承諾しない」 と幼いころから言われていたらしく、それも影響したようだった。
父は長男だったが、周りの反対を押し切って婿に入ってくれたと聞いた。
まぁ、結局父とは 結婚後に多額の借金があるとわかったのが原因で別れたけれど。
私を妊娠している状態で離婚になったので、私は父の顔さえ知らずに育った。

初めて会ったのは18歳のとき、高校を卒業して大学へ入学するときの保証人を頼むため。
高校の際は祖父に頼んだのだが、事あるごとに「俺が保証人をやってやったんだぞ」としつこく言われるのでうんざりだった。
あと養育費の振り込みを滞納されたので、それを払わせるため。私に直接会えば多少効果があるのでは母はと見込んだらしかった。結局払わなかったけど。

最後に会ったのは私が21歳で自殺未遂したとき、病院でだったと思う。
薬が回っていたのもあってその場で大したことは話さなかったけれど、メールで後日「よくも母を孕ませたな、私は生まれたくなんてなかった。それから養育費滞納した分ちゃんと全額払え」 みたいな恨み節を送り付けたような覚えがある。
あとはそれきりで、全く連絡を取っていない。
こんな感じだから、 私に父親はいないものだとずっと思っている。

ちなみに、母は私が小学3年生くらいのときにお見合いで知り合った人と再婚した。
しかし、その人は極度のマザコンかつロリコンで、まだ幼い私に手を出そうとしてきたので即離婚となった。
その期間に担任から体罰を受けて不登校になるとか色々あったけれど、 それはまた別の機会に。

そうして今回の再婚となったわけだが、今回も今回で離婚の危機に直面している。
はじめは私もその再婚相手と一緒にアパートで暮らしていたのだが、 入籍して1か月もしないうちに追い出された。

再婚相手と私との板挟みで母も悩んだようで、私と同じかかりつけの精神科の医師に相談したらしい。
すると精神科医は母に 「娘さんに出て行けと 言えばいい、もういい大人なんだし。 普通母親が再婚したら出ていくもの」 と言われて私 を追い出すことに決めたそうだ。
医者がなんでそんな患者の個人的な家庭事情に口挟むん だ、とか、 普通っていうけどそれはあなたの主観ですよね? とか色々言いたいことはあるけれどとりあえず置いておく。

そんなわけで私はしかたなく実家に戻って生活を続けたが、 アパートでの夫婦二人きりで の生活はどんどん歪んでいき最終的には母も実家へ戻り別居となった。
実家にはすぐ帰ったわけではなくて、 2週間くらいは私が手配したホテルに泊まっていた。

その間私は母の話を聞いたり、母と祖父母との間に入って実家に帰れるよう話をつけたりと奔走していた。
三度目の結婚でうまくいかないとなると祖父母の攻撃はより苛烈だから、事情を説明しないと安心して暮らせる環境には程遠いから。
まぁ、『した』というよりは『させられた』というほうが正しいかもしれないけれど。

なんと私が出て行ってから、 母と再婚相手は月に40回以上セックスをしていたらしい。
というか、母は身体も心も持たないので拒んでいたところを再婚相手のほうが強引に迫っていたようだ。
母も母でそういう知識が全くなく、「夫婦になって養ってもらっている以上はしかたない、妻の務めだ」と諦めていたとのこと。

私を追い出そうとしたのも再婚相手がうるさかったからで、その場では自立させろなんだのと言っていたが本音はセックス三昧のためだ ったようだと聞かされた。
さらに再婚相手はかなりの酒豪で一升瓶が3日と持たないうえ酔うと暴言がひどいとか、 年収は1000万なのに預金通帳を見たら貯金が50万円前後しかなかったとか、まぁとにかく問題だらけだった。

はじめは母も何とか我慢していたが、 明らかにおかしいと思ったので私がDV相談プラスやら婦人相談の電話番号を教えた。
電話相談をしてやっと洗脳が解け母は正気に戻ったようだった。
のちに再婚相手が発達障害傾向であることがわかったので、そこら辺の話も私が聞いてはアドバイスをしている。

ここ最近も祖父母に陰口をたたかれたとか言って一緒にホテルへ逃げ込んだり、再婚相手からラインで無理心中をほのめかされて警察に相談に行ったり……。
とにかくいろいろありすぎた。

正直、もう精神が限界。
毎日8時間以上寝ても疲れが取れなくてとにかくつらい。
本当は 休職したい。
職場に行くのがまずつらい。
でもこんなことを上司に相談するわけにもいかないし、しかたなくよろよろと毎日出勤している。
おまけにメールやテレフォンレディの 仕事すらまともにできていない。
週末はとにかく寝ているだけ。
外出する気になれない。

母の悩みや愚痴は私が聞いたりアドバイスしたりしているし、生活費は曲がりなりにも再婚相手が出してくれている。

けれど、 私のことを助けてくれる人はひとりもいない。
肉体的にも、精神的にも、経済的にも。
私が「助けて」と言ったらすぐに私に駆け寄って、 そばにきて助けてくれる人はいない。
けっこう私なりに人生頑張ったつもりだけれど、このザマだ。
高校のクラスメイトのインスタやツイッターをちらっと見ると、私より大した苦労はしてないだろうにキラキラしていて虚しくなった。ヴィトンのバッグと東京の街並みとバッチリデパコスメイクの笑顔が眩しい。

結局全部自分で何とかするしかないから、 とりあえず庭のすみっこで数年ぶりにタバコを吸った。
あまりおいしくはなかったけれど、 少し頭がぼんやりした。
わずかでも寿命が縮んだと思うと嬉しくなった。

ハレノヒ⇔ケノヒ

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サマンサベガのバッグを買った。

ダスティピンクの小さめトートバッグ。ハート形のビスケットみたいなチャームというか、小さいポーチがついていてすごくかわいい。

基本的に私は荷物の多い女で、今までA4対応の大きいバッグばかり買ってきた。
大学を卒業してしばらくでやっと荷物を減らすことを覚えて、最近は1000円で買った灰色の小さいショルダーバッグを使っている。
ただ、これでは色合いも質感もカジュアルそのものだからおでかけやデートには相応しくない。

今回のバッグは、駅前のお店で見かけたときに一目惚れ。
思わず手に取ったけれど、そばに かれた札のケタにびっくりして慌てて逃げ帰った。
私に2万円を衝動買いで払えるほどの勇気と財力はない。それに店員さんに見つかったら、絶対に勧められるがままになって余計なものまで買ってしまうから。

それでもあのかわいさが忘れられなくて、公式通販サイトを見てみたら「在庫僅か」の文字。

ちょっとそわそわして、どうにか中古でもいいから買えないがとメ●カリを探してみた。
けれど同じピンクのバッグはないし、色違いでもほとんど値崩れしていなくて困惑した。
というか私はそもそもメル●リを使ったことがないし、値下げ交渉とか怖くてできないので無理だった。

それならもう新品で買ってしまおうか、と諦めかけていたら偶然立ち寄った近くのリサイ クルショップで見つけた。
私が欲しかったバッグがそのまま目の前にあって、これはもう運命だと思って勇気とクレカを出して買った。
底の右に角あたりがほんの少し欠けているだけ で、使用にまったく問題ない美品。
説明にはスレありとも書かれていたけれど、私にはど こがになっているのかわからないくらい。
クリーニングをしたせいなのかの持ち主の せいなのか、高級香水のようないい匂いがした。
これで5000円 これでもちょっと高いなとは思ったけれど、定価の7割引くらいだと思えばずいぶんお得な買い物だと自分に言 い聞かせた。
何のために私が必死にメルレやテレレの副業までして働いているのかといえば、まず自分の欲しいものを我慢せずに買うためなんだから、と。

買ってからしばらくバッグを眺めては惚れ惚れしていた。
普段は地味で安いのを使ってい るから、余計に。
普段使いにしてテンションを上げようかと一瞬思ったが、やめた。 ハレの日のためにとっておきたくて。
ケの日はある程度は適当にしておかないと、かえってよくない。
雑に使える安物が私の日常にはちょうどいい。

…......次のおでかけ、いつになるかわからないけど楽しみだなぁ。

私には人生がてんでわからぬ

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仕事がつらい。

何がつらいの? と聞かれてもとっさにうまく答えられないけれど、つらい。
6時間勤務で土日祝休み、残業もないし大したことは全くしていないのにどうしても疲れる。
肉体的にというよりは、精神的に。

なんとなくギスギスした、あの空気。
何もやることがなくて仕事をしているフリをするしか ないあの時間。
嫌味ったらしい言い回ししかしてこない上司。
そういうのが全部、 嫌。
いつも何か怒られないかビクビクしている。怒られるようなことなんて大してしていないけれど。

誰かが怒られているのを見るのはどうしても苦手。
私のほうが泣きそうになる。

私はいま、障害者チャレンジ雇用という制度を使って公立高校の事務補助をやっている。
身分は会計年度任用職員という扱いで、 雇用期間は最長3年。
公官庁などで実務経験を積んで、民間企業にステップアップさせるという取り組みらしい。
でも、実際にその後次の職にありつけたのは全体の5割を切ると聞いた。
絶対に民間にステップアップなんて建前だけで雇用率満たしたいだけだと思う。

ちなみに私は今年がちょうど、 3年目。 最後の年。
チャレンジ雇用については来年頭くらいに実態をもっと詳しく書きたいな。
私がググってもまともな体験談が出てこなかった。
もしかしたら体験を発信できないレベルの障害を抱えている人のほうが多いという可能性もあるけれど。

ぶっちゃけ結婚までの腰掛け的な意味での就職だったし、『とりあえず3年はきちんと事務職として勤めましたよ』 という実績は作れたからよかったと思う。
障害者雇用で採用されるためのポイントはまず 『継続して働けること』らしいし。

電話を受けたら先生や他の職員さんに取り次いだり、 窓口に郵便物を分けて届けたり、図書館や保健室での事務作業を手伝ったりするだけの単調な毎日。
忙しいのは年度始まりくらい。

これで手取り10万。
配慮らしい配慮はないし、なんなら精神障害者への偏見はものすごく根深い。特にパワハラモラハラしまくりのうんちなオジサンがいて、昨年やっと異動した。
採用面接時の上司は1年で退職してしまってまともな引き継ぎもされていない。
でも、有給休暇はすぐ取れるし1時間ごとに10分くらいはトイレでサボっていても怒られ ないからそういう点はラク
まぁ、いわゆる腫れ物扱いという感じ。
障害者雇用率と補助金のために雇われたであろうことは私も承知している。

たぶん就労継続支援施設で働く利用者とかのほうが、低賃金でよっぽど厳しいし難しいことをしていると思う。

……本当は大学を卒業してから精神保健福祉士の資格を活かした仕事をしたかった。
でも、国家試験が終わってひと息ついたころにはまともな求人がひとつもなかった。
「国試終わってからでも余裕で間に合うよ」という大学のキャリアサポートスタッフが言ったことを真に受けた私が馬鹿だった。

私は病院よりは就労継続支援とか、 デイケアとかが第一志望。
これは実習先の病院が地元ではあまりに有名で、 何度も事件を起こしているような問題だらけの病院だったっていうのも影響している。
精神障害者ということもオープンにして、職員と利用者の中間に立った支 援をするのが理想だった。

福祉業界は万年人手不足ですぐに内定が出るよ、と先輩や先生たちは口をそろえていた。
実際、この私ですら大学の秋ごろにはいくつかの施設から内定が出た。
でも、いざとなると夜勤があるとか給料も違うとか勤務地が山奥だとか言われたのですべて辞退した。
ハロワにも載っている求人だったので窓口に「求人票と実態が異なっている」と文句は言ったが、 特にその施設がペナルティを受けている様子はなかった。
たぶん福祉業界ではこういうことがよくあるのだろう。
おまけに精神保健福祉士社会福祉士の下位互換とか勘違いしていたり、 そもそもどういう資格なのかわかっていなかったりする施設もかなりあった。

それに実習やボランティアなどで、自分が福祉業界に向いていない人間だというのは薄々気づいていた。
国家試験の勉強はかなり得意で、模試でも毎回トップ10には入っていたけれど実践となるとどうもうまくいかなかった。
というのも、現場の職員は基本的にみんな 『健常者』だからだ。

中には無資格で勤務して実務経験はあるけれど、 知識はないという人も結構いる。
きっと夜な夜な眠れずに泣きながら自殺方法を検索したことなんてない、きれいな左手首を持つ、生粋の 『健常者』。リア充陽キャと言い換えたほうが適切なのかもしれない。
いくら福祉業界にいるからといって精神障害者に理解があるわけではなく、ただ仕事として何の信念も熱意もなく淡々とやっているだけの人たちが思っている以上に多かった。

そういう環境に、社会に、私は耐えられなかった。 大学 が精神障害者に理解のある人ばかりで恵まれた環境だった分、余計に。

少し前は正社員を目指そう! とにかく稼がなきゃ! と必死にあがいていたけれど今はもう諦めた。
障害者手帳がある人間は税金とか保険料の控除がたくさんあるから、無理して高所得を目指すとかえって損をするらしい。
住民税がかからない程度に稼ぐのが一番賢いとかなんとか。

そう思うと気楽になれた。
はずなのに。
心を埋め尽くすのは将来への漠然とした不安と希死念慮……。
どうしたらいいんだろうね。私には人生がてんでわからぬ。

ちょうどいいってむつかしいね

f:id:Gentian1118:20211129072112j:plain彼氏とのデートは楽しかった。ふつーに。魚もおいしかったし(写真撮り忘れた)、紅葉もすごくきれいだった。私は川とか海とか、水辺が好きだからそれが見れたのもよかった。

でも、やっぱりうまく鬱々とした気分を隠せていなくて、彼氏には私が少し退屈そうに見えてしまっていたみたい。申し訳ない……。
彼氏に会うと毎回うれしくなってしまって、好き好きオーラダダ漏れになるのが恥ずかしいからぼんやりしてるフリをわざとしているのもあるけれど。
恋の主導権は私が握りたい。振り回されるより振り回したい。愛するより愛されたい。
まぁ、私の愛情は重いことに定評があるので『愛するより愛されたい』というのは無理だと思う。

それから、ラブホのトイレに入って股間をトイレットペーパーで拭いたら茶色っぽいおりものが付いていてびっくりしてしまった。生理の予定はまだずっと先だったからナプキンとかの用意も全くしていなかったし。
アプリで確かめたら排卵日が近かったから、その関係の出血だろうなとは思ったけれど……。それでも不安でセックスに集中できなかった。本当に申し訳ないなと思う。誰が悪いとかじゃないんだけどね。彼氏も気を遣ったのか割と淡白に終わってしまって、家に帰ってから寂しくなってオナニーした。……余計に寂しくなるだけだった。

車の中で、「コロナも収束してきてるし仕事が落ち着く年末年始くらいには小旅行でも行こうか」と言ってくれたのが本当にうれしかった。
デートが終わる度に、次はいつ会えるんだろうと思っていたから。ぼんやりでもまた会える希望が持てると、それだけでうれしい。

きっと次はクリスマスかな。何をあげよう?
確実に欲しがっているとわかっているのは新しいスマホ。今のは死にかけで画面も欠けてるし充電もワイヤレスでないと反応しないし。
でも彼氏がauで私がdocomoだからなぁ……。auショップスマホだけって買えるの?
それに彼氏はスマホとかの電子機器には仕事柄結構なこだわりがあるようだから、中途半端なものを私が買ってしまってかえって迷惑になってしまいそう。かといってプロ仕様のやつだと10万円は超えるから、それはそれで私のお財布が死ぬ。別に出せない金額ではない、けれどちょっと勇気がいる。自分宛にでもそんな高額なもの買ったことないもん。そして彼氏もたぶんドン引きする。
『ちょうどいい』ってむつかしいね。

とりあえず、今は

f:id:Gentian1118:20211123181334j:plain彼氏の元へ向かう電車の中でこれを書いています。

彼氏とは遠距離恋愛で、電車で片道3時間かかるからいつもちょっと疲れる。
ううん、帰る頃にはどっと疲れてる。楽しいのは確かだけれど。やっぱり気も遣うし、未だに慣れない化粧もするし、普段は着られないようなかわいいが詰まったワンピースも着るし、ね。
家へ帰って、その次の日が休みじゃないとだいぶ体力的にキツい。

彼氏とはペアーズで知り合った。
とにかく恋人が欲しくて仕方なかった20歳過ぎ。
もちろんそれより前にも彼氏はいたけれど、……色々あって死んでしまった。そこから元からイカれていた精神状態がさらに不安定になって、やっと落ち着いたのがこの頃。
色々とおかしい輩を引き当てまくった中でようやく長続きする人が現れて、それが今の彼氏。

遠距離なのがネックなのはお互い様で、初めて会うときはこちらへ来てくれた。私が乗った電車が遅れてしまって、内心は騙されたんじゃないかとヒヤヒヤしていたとかなんとか。
プロフィール写真とはずいぶん違ったけれど、それもお互い様だと思う。

なんだかんだで付き合ってもう3年経つ。
彼氏とは9歳差だから、そろそろ同棲からの結婚とかも考えたい。

でも、不安の方が今は大きい。ぶっちゃけ。
楽しみでないわけではないけれど。
まず私が彼氏のいるところへ引っ越さないといけないから、それにまつわる色々なイベントたちが不安の主原料。
アパート探し、引っ越し準備に片付け。そこから引っ越し先の環境に慣れなきゃいけないし、できるだけ早く仕事も探して働かなきゃいけない。
今までは実家暮らしだったけれど、引っ越して同棲となれば家事も自分(と彼氏)でやる必要が出てくる。
もちろん、お金もかかる。
こういうことを考えるとどんどん不安が大きくなって、『もう無理!!!! 私がリスク背負って移り住んであげるんだから彼氏の方で全部準備して費用も出してよ!!! うわぁああん!!!!!』と叫びだしたくなる。

そして私の家のこと。
特に今は母親が気がかりで仕方ない。酷い母親だと思うけれど、それでも心配にはなる。
この件についてはものすごく長くなるのでまた今度。


あともう1時間もしないうちに電車は着く。
その頃には、彼氏の前でうまく笑えるようになっていますように。マスクはしてるけれど、なんかこう、雰囲気みたいなのを元気っぽくしておかないと。
最近職場の人たちと家族くらいしか人と関わっていないから、うまく一般の方と話せるかわからなくてちょっと怖い……。

あぁ、一緒に食べる夕ごはんのメニューはお魚がいいな。とりあえず今は、楽しいことだけ考えようね。